sea moon

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~女ひとりでインド・ネパール旅~

休息日とヒマラヤンロス

2017/10/29  カトマンズ(ネパール)
 
朝4時に目が覚める。
こんな時間に起きたって、朝6時から朝食を作ってくれるシェルパはここにはいない。
 
再び布団に潜って、時間が過ぎるのをひたすら待つ。
 
今日は日本食を食べるのだ。
オープンが10時からだから、その前に溜まりに溜まった洗濯物などを片づける。
泥だらけの靴も洗う。
 
ヒマラヤで出会ったK君がお勧めしてくれた「絆」というお店を探したのだけど見つからない。
その近くにあった「ふる里」というお店で食べることにした。
 
料理を待っている間、湯飲みに入った緑茶が出される。
 
私はそれを少しづつ飲みながら、ぼぉーっと外を眺める。
 
昨日まで私は、ヒマラヤの中にいた。
そしておそらく私は、二度とあの地へは行かない。
 
何日もシャワーを浴びない。服も着替えない。
トイレはとても不衛生で、水だって安全かどうかわからない。
寒くて寒くて堪らないのに、ヘッドライトを片手に外の冷水で顔を洗う。
 
それに比べて、カトマンズの宿は快適すぎる。
 
なのに私は、こころにポッカリ穴が開いた様な大きな喪失感を感じている。
 
朝早くから朝食を用意してくれて、温かく見送ってくれるシェルパがいない。
すれ違う人すれ違う人と、挨拶を交わすこともしない。
宿に入れば「よく来たね」と歓迎してくれるシェルパがいない。
ダイニングで、トレッカーたちと談笑することもしない。
 
私は一人でいる事が好きだったし、それを寂しいと思ったことはない。
一人が寂しいなんて、弱いことだと思っていた。
 
だけど、私は今とても「寂しさ」を感じている。
もしかしたら生まれて初めてかもしれない。「人を求めての寂しさ」なんて。
 
トレッキング中は、基本的には一人でいた。
だけどヒマラヤの山の中には多くのトレッカーがいた。
彼等とすれ違うだけで励みになったし、簡単な挨拶だけでも嬉しい気持ちになった。
宿に入れば、国籍の違う者同士でコミュニケーションを取る。
それをシェルパが、温かく見守ってくれる。
 
私の存在を憶えてくれる人がいた。
「また会いましたね」と声を掛け合えるだけで嬉しい。
私の名前を憶えてくれる人もいた。
こんな異国の山の中で名前を呼ばれる事は、この上なく嬉しい。
 
1人でジリに向かい、1人でスタートした。
最終日は5人でサルエリにゴールして、5人で13時間の悪路を乗り越えてカトマンズに戻ってきた。
 
昨夜は、ピザを食べながらビールを飲んだ。
この旅でお酒は一滴も飲まないと決めているから、いつもは誘われてもお断りをしている。
異国の地で、一時でも判断力が鈍ってはいけないと思っているから。
だけど私は、決めごとを破ってビールを飲んだ。
彼等と一緒なら大丈夫だろうと思ったから。
出会ったばかりの彼等を、私は既に信用している。
「人を信用する」というのも、私にとってはとても珍しい現象。
お酒はあまり強くない私は、案の定酔っ払った。
だけど頼もしい4人のナイトが、私を宿まで送り届けてくれた。
 
「人っていいな」と思う。
「仲間は、もっといいな」と思う。
 
そんなに未練があるなら、もう一度トレッキングに行けばいいじゃないかと思う。
だけど、私がこの24日間で出会った全ての人、全ての出来事は、あの日あのタイミングでのみ得られた奇跡。
もう一度行っても、もう一度同じ体験は二度とできない。
もう一度高校に入学したって、同じクラスメートに出会って同じ日々を過ごす事は決してできないように。
 
トンカツ定食が出てきた。
日本米と、味噌汁も付いている。
 

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生野菜は食べないと決めているのに、ここでも私は決めごとを破った。
だってこれはどう見ても、日本で食べる定食そのものなんだもの。
 
今日は何もする気が起きない。
だけど、ずっと歩き続けていたんだもの、こんな日もあっていいよね。