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~女ひとりでインド・ネパール旅~

ヒマラヤトレッキング22日目 「女の子」を捨てようと思った日、敗北した日(スルケ→カリコーラ)

2017/10/25  スルケ(Surke)2290m→カリコーラ(Kharikhola)1985m
 
朝食を6:00に頼んであったのに、目覚まし時計をかけ忘れて5:30に起きた。
15分ほど遅刻して、ダイニングに行く。
 
ロン毛の人はチェコ出身で、今はニュージーランドに住んでいると知った。
ニュージーランド」という国名が、凄く心に響いた。
なんだか急に行きたくなった。
ニュージーランドのワーホリビザって、何歳までなんだろう。
 
他3人より早めに宿を出る。
 
どうせ、後から追いつかれるのだろう。
彼らが何分違いで出発するのかは知らないけれど、早々に追いつかれたんじゃあ悔しい。
なるべく距離を置こうと思って、急ぎ足で登り坂を歩く。
 

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最近よく「強い」と言ってもらえるようになった。
それは私にとって、この上ない褒め言葉。
 
だけどそれって「女の子にしては頑張っているね」という事だと気づく。
 
ロン毛のチェコ人は、今日はヌンタラまで行くと言っていた。
私はそこまでは行けないから、今日はジュビンを目指す。
 
ロン毛のチェコ人の友人は、私と同じ21日間の間に3パス(3つの峠)全てを制覇してここにいる。
(3パス:チョラパス、レンジョパス、コングマパス)
 
オランダ人の彼も、私と同じ行程をポーターに頼らず単独で乗り越えた。
(私は9日間だけポーターに頼った)
 
私は、歩いているとどんどん後ろから追い抜かれる。
コースタイム以上の時間をかけて、なんとか目的地まで辿り着いている。
 
男性陣と比べると、全然大した事ない。
むしろ、驚くほどに情けない。
 
色々な人が声をかけてくれたり、助けてくれたりするのも、私が「女の子」だからだ。
屈強な男性が、ゼイゼイ言いながら歩いていたって、誰も手を貸さないだろう。
 
思春期の頃は、女の子扱いをされるのが嫌いだった。
男とか女とか関係なく、「人間として」対等に扱われたかった。
むしろ「男になれればいいのに」とまで思った。
 
大学生になって、「女の子」でいる事のメリットを感じる様になった。
それからは、何の躊躇いもなく「女の子」として生きてきた。
 
そして今。
なぜか急に、「女の子」として見られる事に悔しさを感じる。
 
昔のように、「男になりたい」とまでは思わない。
女性には、男性には備わっていない独自の強さがある。
 
「女の子にしては強い人」ではなく、「強い女性」になりたい。
それにもう「女の子」という歳でもない。
 
そんな事を悶々と考えながら登っていると、背後から追いついてくる3人組が見えた。
その姿を確認した私は、追いつかれまいと必死で逃げる。(←感じ悪い!)
 
私は髪の毛をかき乱しながら必死の形相で登っているというのに、
ロン毛のチェコ人は涼しい顔をして、近所の散歩でもしているかの様に登ってくる。
 
一人は昨日からとても疲れていて、もう一人は今朝から体調がよくない様だ。
だからロン毛のチェコ人も、彼らのペースに合わせてゆっくりと登っている。
 
体感15分ほどは逃げ切れたかと思うけど、案の定追いつかれる。
 
「そんなに厚着して、暑くないの?笑」とか言われる。
 
暑いよ...!だけど脱ぐ暇も惜しかったんだよ。
 
彼らが通り過ぎた後、フリースとダウンジャケットとレインウェアを脱いで全て腰に巻く。(←着過ぎだ。笑)
分厚くなった私のウエストは、丁度良いクッションとなって骨盤を守ってくれる。
 
私は、昨日ロン毛のチェコ人に会って以来様子がおかしい。
彼は何故か、私の心の変なところに火を付ける。(←決して恋の炎ではないので悪しからず)
たまにいるよね、そういう先生とか先輩とか上司とか。
 
彼は、自分のせいで私がメラメラと燃えている事なんて知る由もないだろうけど。
 
今日ここで、「女の子」を捨てよう。
私は「女性」、それも男性顔負けの「強い女性」を目指そう。
 
また一つ目標ができたところで、ネパール人に声をかけられる。
彼は「学生」だという。
カトマンズで私を騙そうとした男も「学生」と言っていた。
ネパールでは、「学生」という肩書はそんなに信頼があるものなのかな。
 
「手伝ってやるから金くれよ」みたいな事を言われたので、もちろん断る。
悪いね。今私はメラメラと燃えている最中だから。例え無料だとしても頼らないよ。
 

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宿を出て以降ひたすらの登り。
 
途中でクッキー休憩を挟みながら行くのが最近のスタイル。
宿で買ったクッキーはココナッツ味だった。
私はココナッツが嫌いなのだけど、何故かここでは美味しく感じる。
 
だけど宿を出てから5時間経っても登り続けていることに、次第に苛立ちを感じ始める。
今日は、登ったあとで下る予定。
出発地点スルケよりも、ゴールのジュビンの方が標高も低い。
それなのに、まだ登っている。
一体いつになったら下りになるのか。
 
トレッキングをしていて一番辛いのは、こういう「進んでいる実感」が全く湧かないとき。
「いつまでこの状況が続くのだろう」と、先が見えない状況で歩き続けるのは辛い。
 
それに、今日はシャワーを浴びたかった。
ゴールをジュビンにした理由の一つは、最終目的地サルエリまでの間にある町の中で割と標高が低い町だから。
ロン毛のチェコ人の挑発に乗ってヌンタラまで行ったりしないのも、
手前の町で早めにゴールして昼の暖かいうちにシャワーを浴びたかったから。
 
だけど、もうこんな時間だ。
ジュビンの手前のブプサにすら辿り着いていない。
 
「シャワー浴びたかったのに...」と、ブツブツ呟きながら歩く私は、やっぱり「女の子」だ。
そうは言っても、自分の不潔さがもう限界なんだから仕方がない。
 
そんな気持ちの時に、現地人に「ニーハオ♪」とか言われて無視をしてしまう心の狭い私。
「相手の国籍も確認せずに、特定の国の言語で話しかけてくんなよ」とか思ってしまう。
今まではそんな風に思わなかったのに。
 
15:00になってもブプサにすら辿り着かない時点で、私はシャワーを諦めた。
そんなことよりも、目的地のジュビンまで行けるのかの方が心配。
 
シャワーを浴びられなくても、明日の為にはジュビンまで行っておきたい。
ジュビンまで行ったとしても、明日は標高差1400mの峠を登り切らなければいけないのだから。
 
今度は、自分の身体能力の低さにイライラしてくる。
どうしてこんなに足が遅いのか。
皆もっとスタスタと歩いているのに、なぜ私だけ。
 
15:40。ようやくブプサに到着。
普通なら、ここで宿泊するべきな時間。
だけど私は、先へ進む。
 

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ブプサを出て少し経った頃にジュビンまでの時間を尋ねると、3時間だと言われる。
3時間...19時着。
 
そして次の町でもう一度訪ねてみると、やはり3時間。
進んでない...。
 
最後のダメ押しで、ロッジの前にいたおばちゃんに聞いてみる。
もし3時間と言われたら、今日は諦めてここに泊まろう。
おばちゃんは、「1時間くらいじゃないかしら...」という。
1時間...!?
通りすがりの男性に、「ジュビンまでは1時間くらいよね?」と聞いてくれる。
彼も、「そうだ」と頷く。
 
1時間...それは「彼の足で」1時間という事だ。
 
私は、この彼に必死にしがみ付いて行こうと決めた。
ぴったりとくっ付いて行くのは無理だとしても、せめて彼が視界から消えない距離は保とう。
もしそれができなければ、私はやはり「ただの女の子」だ。
 
そうと決めたら、形振り構わず食らいついて歩く。
絶対に付いて行くんだ。
 
...と思っていたら、なんと分かれ道で別々になってしまった。
 
ここまでは付いて来れたわけだけど、この結果をどう捉えよう。
 
町の外れのロッジで、おじちゃんにジュビンまでの時間を聞いてみた。
そうしたら、「1時間半」と言われる。
現在時刻は17:30...どうしよう。
時計を見ながら悩む私に、おじちゃんは「今からでは無理だと思うよ」と言う。
 
私は、このロッジに泊まる事にした。
 
今までは、時間はかかっても目的地は達成して来れていたのに。
今日は絶対にジュビンまで行くぞと決めていたのに。
今朝は、「女の子を捨てる宣言」をしたばかりだというのに。
 
私はまだ、「ただの女の子」の様だ。
 
悔しすぎる。
窓から景色を眺めながら、悔し涙を流す。
 

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間もなくして陽が落ちた。
先に進まなくてよかったと思う。
 
気温が低い中、ぬるめのシャワーを気合で浴びる。
だって今日やりたかったこと、一つくらいは達成しないと悔しくてたまらない。